文学ムック『たべるのがおそい』を読んだ。小説やコラム、翻訳もの、短歌などが収められている。
異なるテイストの作品を一冊に編んだ文芸誌の類いはあまり好まないけれど、『たべるのがおそい』は全編に同じ空気が感じられ、通読するのに苦痛がない。ムックのよいところだと思う。

今村夏子の『あひる』が印象深い。苦しい予感が行間から立ちのぼってくるような文章に驚いた。
「あひるを飼い始めてから子供がうちによく遊びにくるようになった。」という書き出しは、不穏な言葉はひとつも使われていないのに、もうこの時点で怖い。果たして物語は想像通りに苦しさを増していくのだけれど、透明さもある。色にたとえるなら透過率90%の黒みたいな小説だ。ちなみに(初期の)吉本ばななは透過率95%の白である。同じ孤独でも、前者と後者には閉じていると開いているの違いがある。
望まずに世間から孤立してしまった感覚にゆっくりと締めつけられるような読書だった。今村夏子は初めて読んだが、文学賞を受賞した著名な若手作家のようだ。その受賞作『こちらあみ子』の書評にいくつか目を通してみた。いずれ読んでみたいと思う。

翻訳は、ケリー・ルース『再会』(岸本佐知子訳)と、イ・シンジョ『コーリング・ユー』(和田景子訳)の二編ある。いずれも読後に不安な気持ちになるところが魅力で、その点は『あひる』とも共通している。『コーリング・ユー』は、上手く説明できないのだけれどかなり良かった。主人公の職業が面白そうで羨ましい。
道理にかなったことをやるべき時にやらず目をそらしてさらに不幸になる人や、少し壊れていてしかも治る見込みが当面なさそうな人などが描かれている小説には、ある種の救いがあるように思う。落ち込んだときに読むとよく効く。『再会』と『コーリング・ユー』もそういう小説だと思った。

『たべるのがおそい』には短歌が多く収録されている。短歌のことは何もわからないけれど、これはよくわかると思った歌がいくつかあった。たとえば、
復讐を遂げていっそう輝けるわたしの幻ののどぼとけ ・・・・・・服部真里子
雨の夜はスローモーション かみなりがロープにみえる にぎる し びれる ・・・・・・木下龍也
現代短歌とは感性を表現する手段なのだ、ということを知れたのは収穫だった。次号も楽しみ。



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